1年半で10人が150人になった

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※上記写真はイメージです。

スタートアップが「成功した」と語られるとき、多くの場合そこには数年単位の積み重ねがある。
しかしgloopsの場合、その時間軸は異常に短かった。

社員10人で動き出した組織が、1年半後に150人になっていた。
累計会員数は1,000万人を突破し、業界最大手のプラットフォームから最優秀パートナーとして表彰された。
これらはすべて、わずか数年の間に起きた出来事である。

広告代理業という出発点

gloopsの始まりは、実はゲームとは無縁だった。

2005年8月、梶原吉広が立ち上げた会社の当初の事業はなんと広告代理業だった。

その後事業を転換し、ソーシャルゲーム開発へと舵を切る。

転換の理由は明快だった。

「ウェブコミュニケーションの手段として最適であったことと、マネタイズがしやすいということが大きな理由。
直接ユーザーにアイテムを販売できるというのはビジネスモデルとして理想的」だったからだ。

好きだからではなく、構造を見て判断した。
その合理的な意思決定が、急成長の出発点になった。

「渋谷クエスト」が動かした歯車

2010年3月、gloopsはMobageで最初のタイトルをリリースした。それが「渋谷クエスト」だ。

このとき社員は10名。

この小さなチームが、当時日本最大規模のゲームプラットフォームに飛び込んだ瞬間だった。

1年半後の2011年9月、gloopsの社員数は約150名に達していた。

10名が150名に。採用・育成・組織づくりを進めながら、同時に新タイトルを次々とリリースし続けた。

この時期のgloopsは、まさに「走りながら組織を作る」状態だった。

ヒットを量産できた理由

急成長を支えた最大の要因は、一発屋ではなかったことだ。

大乱闘!!ギルドバトル・大連携!!オーディンバトル・大進撃!!ドラゴン騎士団・大争奪!!レジェンドカードなど、複数のタイトルが会員数100万人突破を連発した。

Mobage・mixi・Facebookモバイルなど複数のプラットフォームに展開し、どのプラットフォームでも一定以上の結果を出し続けた。

プラットフォームを問わず結果を出せる開発・運営力。それがgloopsと他社を分けた差だった。

特定のSNSに依存せず複数で展開したことは、市場変化へのリスクヘッジにもなっていた。ガラケーからスマホへの移行期という激しい変化の中でも、gloopsが失速しなかった理由のひとつがここにある。

まとめ

急成長の軌跡を振り返ったとき、3つの事実が浮かび上がる。
社員数が15倍になるまでの期間、累計会員数、そして業界からの評価。
それぞれを整理すると、gloopsという会社の本質が見えてくる。

① 転換の速さ
広告代理業からソーシャルゲームへ。時代の変化を読み、事業の軸を素早く切り替えた判断力がすべての出発点だった。

② ヒットを量産できる体制
一発屋ではなく、複数タイトルを同時展開し続けた。
どのプラットフォームでも結果を出せる開発・運営力がgloopsの強みであった。

③ プラットフォームを選ばない展開力
Mobage・mixi・Facebookモバイルと、特定のプラットフォームに依存せず複数で結果を出し続けた。この分散展開が、市場変化へのリスクヘッジにもなっていた。

この3つが揃ったとき、gloopsは業界で最も勢いのある会社になった。
社員10人で始まり、累計会員数1,000万人(全タイトル合算)に届いた1年半は、梶原吉広という起業家が持つ「判断力・実行力・拡張力」が最も凝縮された時間だったと言えるだろう。

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