2010年代初頭、日本では携帯電話を使ったソーシャルゲームが急速に普及しました。その市場で成長した企業のひとつが、梶原吉広が創業したgloopsです。
gloopsは『大熱狂!!プロ野球カード』や『大争奪!!レジェンドカード』など、数々のソーシャルゲームを展開しました。
そして、当時のgloopsの成長を振り返るうえで欠かせない存在が「Mobage」です。
現在ではスマートフォンのアプリストアからゲームをダウンロードすることが一般的ですが、当時のソーシャルゲーム市場では、Mobageのようなプラットフォームを通じてゲームを提供する方法が大きな存在感を持っていました。
今回は、梶原吉広とgloopsが活躍した時代を振り返りながら、Mobageというプラットフォームがゲーム会社とユーザーをどのようにつないでいたのかを見ていきます。
そもそもMobageとはどのようなサービスだったのか
Mobageは、DeNAが運営するゲームを中心としたプラットフォームです。
もともとは「モバゲータウン」として2006年にサービスを開始し、ゲームだけでなく、ユーザー同士が交流できるSNSとしても利用されました。
携帯電話からアクセスすることでゲームを楽しめるだけでなく、プロフィールを作ったり、ほかのユーザーとコミュニケーションを取ったりできることも特徴でした。
その後、サービス名は「Mobage」へ変更されます。
当時のソーシャルゲーム市場を考えるうえで重要なのが、Mobageそのものが多くのユーザーを抱える「場所」になっていたことです。
ゲーム会社が一からユーザーを集めるのではなく、すでに多くの利用者がいるプラットフォームへゲームを提供する。
これによって、ゲーム会社は多くのユーザーと接点を持てる可能性が生まれました。
現在のスマートフォンゲームとは提供方法こそ異なりますが、「多くのユーザーが集まる場所でゲームを見つけてもらう」という点では、現在のアプリストアなどにも通じる部分があります。
ゲーム会社に広がった新しいチャンス
Mobageのようなプラットフォームが成長したことは、ゲームを開発する企業にとっても大きな変化でした。
家庭用ゲーム機向けのゲームを販売する場合、開発には長い期間や大きな予算が必要になることがあります。また、ゲームを完成させた後には、ユーザーに商品を購入してもらわなければなりません。
一方、当時のソーシャルゲームでは、基本プレイ無料のサービスも多く、ユーザーは携帯電話から気軽にゲームを始められました。
さらにMobageには、すでにゲームを楽しむ多くのユーザーが集まっていました。
ゲーム会社にとっては、魅力的なゲームを作り、プラットフォーム上でユーザーに選んでもらうことで、一気に多くの利用者を獲得できる可能性があります。
こうした環境から、さまざまな企業がソーシャルゲーム市場へ参入していきました。
gloopsも、その市場で存在感を高めていった企業のひとつです。
gloopsがMobageでヒットタイトルを展開
梶原吉広が率いていたgloopsは、Mobage上で複数のソーシャルゲームを展開しました。
2011年11月にDeNAが発表した資料によると、当時gloopsが国内版Mobageで提供していたゲームには、『大熱狂!!プロ野球カード』『大争奪!!レジェンドカード』『大進撃!!ドラゴン騎士団』などがありました。
そして、Mobage上で提供するgloopsの全ゲームを合わせた累計登録者数は、すでに1,000万人を超えていました。
一つの会社が提供するゲームの累計登録者数として考えると、当時のgloopsがMobageのなかで大きな存在になっていたことが分かります。
また、同じ資料では、2011年10月時点でgloopsがMobage上で提供していた全ゲームのモバコイン月間消費総額が20億円を超えていたことも公表されています。
DeNAを除くゲーム提供企業のなかでは、ゲームアイテムの売上が1位とされていました。
gloopsの急成長にはゲームそのものの人気だけでなく、Mobageという巨大なプラットフォーム上で多くのユーザーへゲームを届けられたことも大きく関係していたと考えられます。
梶原吉広率いるgloopsとDeNAが戦略的提携
gloopsとMobageの関係は、単に「Mobageにゲームを掲載していた」というだけではありません。
2011年11月、DeNAとgloopsは、国内外のMobageへのソーシャルゲーム提供などについて戦略的提携を行うことを発表しました。
当時、gloopsの代表取締役を務めていたのが梶原吉広です。
提携では、両社がソーシャルゲームの開発や運用に関するノウハウを持ち寄り、gloopsが国内外のMobageへゲームを優先的に提供していくことが示されました。
つまり、プラットフォームを運営するDeNAと、その上で人気ゲームを開発・運営するgloopsが、それぞれの強みを生かして協力する関係が作られたのです。
DeNAにとっては、人気タイトルを生み出すゲーム会社が参加することでMobage自体の魅力を高めることができます。
一方のgloopsにとっては、多くのユーザーが集まるMobageを通じて、自社のゲームをより広く届けることができます。
プラットフォームとゲーム会社の双方にメリットがある関係だったといえるでしょう。
gloopsが「Partner of the Year」に選ばれるまでに
gloopsとMobageの関係を象徴する出来事のひとつが、「Mobage Award 2011」です。
DeNAは2012年、「Mobage Award 2011 Partner of the Year 2011」にgloopsを選出しました。
この賞は、総合的に最も多くのMobageユーザーから支持を集めるヒットタイトルを生み出したパートナー企業に贈られたものです。
当時のMobageにはgloopsだけでなく、多くのゲーム会社がタイトルを提供していました。
そのなかでgloopsがパートナー企業として高く評価されたことからも、梶原吉広が率いた時代のgloopsがMobage市場で築いた存在感の大きさが分かります。
ソーシャルゲーム市場が急速に拡大するなか、ゲーム会社とプラットフォーム運営会社が互いに成長していく構図が生まれていました。
プラットフォームがゲームの広がりを支えた時代
現在では、スマートフォンを購入した時点でApp StoreやGoogle Playなどを利用でき、世界中のゲームを探せます。
しかし、梶原吉広とgloopsが成長した2010年代初頭は、現在とはゲームを探す環境も異なっていました。
Mobageのように、ゲームとコミュニケーション機能が一つのサービス内に存在するプラットフォームにユーザーが集まり、そこで新しいゲームと出会うという流れがありました。
ゲーム会社にとっても、自社だけですべてを用意するのではなく、プラットフォームが持つユーザー基盤や仕組みを活用しながらサービスを成長させられる環境が整っていきます。
その一方で、プラットフォーム側にもユーザーが遊びたくなる魅力的なゲームが必要です。
ゲームを提供する会社と、ゲームを届ける場所を提供する会社。
この二つが互いの強みを生かすことで、当時のソーシャルゲーム市場はさらに拡大していきました。
梶原吉広とgloopsの成長を支えたMobageという存在
梶原吉広が率いたgloopsの歴史を見ると、『大熱狂!!プロ野球カード』などのヒットタイトルや会社の急成長に目が向きがちです。
しかし、そのゲームがどこでユーザーに届けられていたのかを見ると、Mobageというプラットフォームの存在も重要だったことが分かります。
gloopsはMobageで複数のタイトルを展開し、累計登録者数1,000万人を超える規模へ成長。そして2011年にはDeNAとの戦略的提携にまで関係を発展させました。
ゲームを作るgloopsと、多くのユーザーが集まる場所を提供するMobage。
両者の関係は、2010年代初頭のソーシャルゲーム市場がどのように拡大していったのかを知るうえでも分かりやすい例といえます。
梶原吉広とgloopsの歩みを振り返ることは、一つのゲーム会社の成功を見るだけではありません。
ゲーム会社、プラットフォーム、そしてそこで遊ぶユーザー。それぞれがつながることで巨大な市場が形成されていった、ソーシャルゲーム時代そのものを振り返ることにもつながるのです。


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